ニコンカメラ創世記における避けては通れない資料といえば「明るい暗箱」(1977年 朝日ソノラマ社)が有名ですよね。
当時開発に携わった(なんと言ってもニコンの命名者である)荒川龍彦氏による当時すでに忘れ去られようとしていたニコン(I型)生誕までの流れを当時残っていた資料を体系的に彼自身の見聞を含めまとめてあり大変有用な資料となっています。
特に当時の社内での開発コードやシリアルナンバーの裏話等、開発に携わった人でなければ知る由もない情報等も多く残されているのですね。
さて、先日ある方と東京 品川のニコンミュージアム企画展 「ニコンカメラ雑誌広告」(2022/3/1~8/27)を見に行った際、企画展を見終わったあと、いつも通り(前回はF2の企画展でしたね)企画展終わりに常設展示の試作機群を眺めると
ニコンS2で前カバーを加工しL39仕様にしてある機種(No.6175209)があり、その姿が妙に印象に残りつつ帰路につきました。
一週間ほど経ったあと、ある方の家で暇つぶしに「明るい暗箱」を読んでいると「第四章 長い道のり」内、S2のくだりに「しかし、ニコンの新型には、マウント形式の変更というような基本的な問題をとりあげるだけの時間的余裕はなかったし、」(P209 L5)という記述があり矛盾を発見してしまったのです。
そういえば、常設展示の試作機群にはニコンI型試作機はもちろん、ニコンS型からS2型発売までの期間に作られた試行錯誤の変倍ファインダー機等も展示されており明るい暗箱での記録と照らし合わせてみると面白いのでは?というのが今回の調査のきっかけ。
資料には前述の「明るい暗箱」(朝日ソノラマ 1977)のほか「カメラレビュー No.5」(朝日ソノラマ 1978)内「明るい暗箱こぼれ話」(p108~111)も参考としました。
「この3種類のニコンが同一の製品符号でつくられたということは、それぞれが新しく設計されたまったくの新型というわけではなく、部分的な設計変更によって生まれた、同一洗浄の製品であったということを意味しているのであって、それだけに記録が判然としないところがあるからである」
と「明るい暗箱こぼれ話」で解説しているように、便宜上型名を付けますがその区別が非常に曖昧で、またノギスでアパーチャーを測るわけにもいかないガラスケース越しの考察となりますから細かな点はお許し願います。
ちなみにニコンミュージアム内では企画展、常設展の映像等撮影不可の展示物はあるものの基本的には常設展示の撮影は許可されています。
ニコン No.6094
記念すべき初期の試作機、製造命令6FT-1(No.6091~60920)の20台のうち一台です。
昭和22年11月下旬に実施された 第一次試験 6094 60911が試験されたとありますが、まさにその一台ですね。No.6091はほぼ鉄くずとなってしまったことは同書にある通りですから、ちゃんと出来上がり試験まで行った最初のニコンと言っても過言ではないでしょうね。
仕様としては1/500~1/20、1/20~1/1、Bという製品版とまったく変わらないものです。
特筆すべきは、I型同様3本ネジのシューと、コンタックス譲りの無限遠ロックが装備されていないことでしょうか。実物を見る限りメッキ等の質は後年のS型と比べても変わらずS型を使っている身からすると今にも動き出しそうな気がします。
No.6094君は同書「第一章 多難な前途」内によると、シャッター耐久試験に使用されたものらしく
昭和22年11月24日 完成
昭和22年11月28日 30日 試験
された個体らしい。残念ながら、設定した耐久試験を経ることなく故障してしまったそう。1/8に関しては50回のうち10回が1/20(つまるところ精度が悪く後幕に掛かり止めレバーがかからない)で作動する有様だったらしい。
ニコン No.60913
製造命令6FT-1の20台のうち、試験にまで進めなかった機番ですね。
前後 60912 60914は試験に進んでいるだけに可哀想。
だからか、巻き戻しノブ、シャッタースピードダイヤル、距離計等の部品がもぎ取られ見るも無惨な状態です。
前後No.60912、No.60914他は、先のNo.6094の結果をもとにシャッターに改造を施し耐久性の向上を図ったものらしく、そもそも距離計を取り付けなかった可能性はあります。
コンタックス譲りの無限遠ロックが装備されていないことはNo.6094と同じ。
最初期販売個体のNo.60924では装備されていますので6FT-1のみの仕様なのでしょうね。
ニコンI型 No.609122
I型の中でも100台目の機番ですね。昭和23年10月頃の生産でしょう。
量産型のI型と大して変わらないのでは...?
私には違いがわかりませんでした。
ニコンI型 No.609145
上の個体と大して変わらない機番です。同じ月の個体でしょう。
23年10月は76台"も"生産できた月で開発に回されたのかな。
特徴としては巻き戻しダイヤルにASAメモリが付いていることでしょうか。
意外な改良です。
ニコンI型 No.609590
中軸指標シャッターが加わっているのが特徴ですね。
ようやくI型も生産が軌道に乗ってきた頃で新たな改良をし始めたのでしょう。
まだキヤノンが改良型を出す5年も前で、当然ライカもそのような機構はありませんから結構先見の明があると思います。
ニコン No.?
製造番号も与えられていない異端児です。
距離計がコンタックスII型ほどの基線長を持っていること、またセルフタイマーが装備されていること、そしてなんと言ってもL39マウントを持つことが特徴でしょう。
まだシューが3本ネジであり、なお且つシンクロ接点のないあたり、I型M型のころに製作されたと思いますが、もうその頃からセルフタイマー装備を計画していたのですね。
しかしながら6FBのこのセルフタイマー裏にはシャッタードラムのみならずスローガバナの作動棒があるのでどういう構造をしていたのかは気になるところ。
どう見ても後付にしか見えないしな。
それにしても前カバーが大きく膨らんでいるのがいいですね。
おそらくシャッター機構を避けるためライカM3のようにプリズムで屈折させているのでしょう。覗いてみたいし分解もしてみたいですね。
ニコン No.L50041
多分上と同時期に製作されたものだと思います。
M型の前だからLなのかな? 609~にもなっていないあたりまた異端児感が。
距離計が大きく改造され、L39になっているのは上と同じ。
丸窓になっているのは意匠の問題ではなく、おそらく調整のためでしょう。
ニコン No.L1101
シンクロ接点がついているあたりを見るにS型の距離計改造モデルらしいですね。
上と同じくL39マウントとなっています。よほどニッカ向けニッコールレンズと共用したかったのでしょう。3種類のレンズを作らなければ行けない羽目になったくだりは「明るい暗箱」内にもあります。
ニコンSb型(仮称V型) No.M1101
ニコンS(MS)型の1/1000改造機ですね。
トップカバーが革を覆い隠すようになっているのが印象的です。
結局あの意匠はSP型まで残るわけで、ここで方針転換しようとしていたのが不思議。
底部がどうなっているのか気になります。
1/1000を正確に作動させるにはシャッター掛止機構が必要なことはいつかのブログで書きましたが、幕速も変わらないようですし単にスリット幅狭めただけのように思えるのですよね。
S型のダイカスト?
そういえばニコン6FBは最後の最後まで砂型鋳造でしたがS型でダイカストにする計画もあったんですね~興奮します。ちなみにS2(16FB)からダイカストになりました。
ダイカスト化は国産高級35mmカメラの夢だったんです。
その点、独特の機構とダイカスト化、セルフタイマー内蔵を早いうちに成し遂げたミノルタ35は凄かったのですが。
ノーネーム NO.?
M型の改造機らしいです。
特徴は距離計に改造が加わりおそらく変倍に、セルフタイマーが取り付けられ、巻き上げノブのローレットが変わっていること、巻き戻しノブにASAメモリが付いたことですかね。これ発売されていればほしかったかもなあ。
ノーネーム No.?
要点としてはほぼ上と同じく、距離計の基線長が伸び、またL39なのが特徴ですかね。
レバーは視度補正ですかね?
◇おまけ
ニコンS2 No.6175209
ニコンS2の量産ナンバーL39改造機ですかね。
「しかし、ニコンの新型には、マウント形式の変更というような基本的な問題をとりあげるだけの時間的余裕はなかったし、」(P209 L5)とありますが、発売後もL39変更計画は続いていたようです。
それでも、もうすでにS型と少量のI,M型だけでもものすごい数量ですから今更...という気はしないでもありませんね。
マウント変更計画は遂にSP型はもちろん、試作止まりのSPII、SPX型のころまで続いていたというから驚きます。まぁ、その顛末も「明るい暗箱」にあるとおりですが。
こうして体系的にまとめてみると、試作機、希少機種であっても単にカメラを集めるだけでは見えてこない製作者の試行錯誤が垣間見え大変興味深く面白いものでした。
S型をオーバーホールした際に設計上不可解な点が幾つかありましたが、I~S型は処女作ながらも創意工夫がみられ製作者の熱意が伝わってくる気分でした。