にこらのブログ(カメラ修理館)

クラシックカメラを修理、収集している学生のブログです。

キヤノンフレックスの修理と余談

いつも修理依頼をいただく方からの修理依頼です。

 

キヤノンフレックスRPのメンテナンス - にこらのブログ

キヤノンフレックスRMの修理と余談 - にこらのブログ

かつてキヤノンフレックスRPやキヤノンフレックスRMに関して記事にしたことはありましたが、今となっては考察として不十分で中途半端なものだった気がします。

キヤノンフレックスRPの記事が3年も前に書いたもので、かれこれ3年も同じ題材を扱っていると思うと先進的な話題を扱えていないだけ引け目を感じてしまいますね。

 

キヤノンフレックスは、ある意味では私にとって重大なターニングポイントにあたるカメラで、初めての都内カメラ屋めぐりも日本カメラ博物館もニコンミュージアムも()キヤノンフレックスを提げて行ったおぼえがあります。後々カメクラと出会うきっかけになる親友の出会いもその時でした。

好きなんですよね、キヤノンらしくない野暮ったさといい、評判の悪さのわりによく動くあたりが...。 

 

あのころの記事を読んでいるうち、思えば遠くに来たもんだ、という感慨深さを感じてしまうのです。カメラ修理に関しては...あまり進歩していないのは否めないものの、まさか3年後、都内カメラ屋の店先に立っているとは。

 

依頼品のキヤノンフレックス...ではなく、私物のキヤノンフレックスです。

 

 

重厚なアルミダイカストによるフレームです。

裏蓋も従来のプレス部品に代わり、アルミダイカストによる裏蓋を採用したため軽量かつ堅牢になっています。キヤノンV型の裏蓋がプレス部品だったという事実に驚いています。

 

ミランダTなど他社国産では真鍮プレス部品をつかうことが多かった裏蓋ですが、アルミダイカストのおかげか、言われてみれば堅牢な感じがします。

裏蓋もダイカスト仕上げだが、これは国産カメラとしては初めての試みで、薄くて軽い割にしっかりしていて、ブカつかないのが利点といえる。

「アサヒカメラ1959年8月号」(1959 朝日新聞社)

ニューフェイス診断室(25)キヤノンフレックス」からの引用

 

シャッター管制部分です。キヤノンでは初めての4軸フォーカルプレーンシャッターを採用しています。R2000になるとボールベアリングシャッターに進歩し幕速の向上を図り1/2000を実現しています。

 

通常、制御部分はシャッター連動歯車真上に置いたカムの真上に置くことが多いものの、どういうわけかカメラの端に置き、腕木により延長したうえで作動させています。

 

これは、先幕にシャッター作動開始後、後幕の連動歯車に一時的に制動を与え、そこに自由状態にある先幕連動歯車が一旦到達、協働し制動を解除させるという若干特殊な形式を取っているためです。この機構を採用すると連動歯車真上にシャッタースピード調節カムを配置すると不都合が生じるためでしょうか。

 

特公昭35-7220に出願人 根本 智氏名義で特許も出願されていました。

高速シャッターの安定性を高めるための機構のようですね。通常のカムのみの一軸不回転フォーカルプレーンシャッターでは後幕は一時的制動が加わるものの、先幕が制動を解除し、解除後は後幕のみのスプリングで作動させるため、シャッタースピードによって一様の状態ではなくなり安定性が保てませんでした。

その後、キヤノンフレックスR2000ではボールベアリングシャッターに進化し横走りフォーカルプレーンシャッターで1/2000という快挙を成し遂げました。

 

横走一軸不回転フォーカルプレーンシャッターで一番奇妙な機構をしているのは断然ゼンザブロニカですが、先幕後幕ともシャッター制御には関係せず自由に走行するゼンザブロニカとは全く反対の発想をしていますね。

 

話が逸れますが、レコードトーンアームのように腕木が先幕連動歯車上に動き、先幕連動歯車にそれぞれのシャッタースピードに対応した突起を配置、スリット幅を制御するなんていう奇妙なペトリ一眼レフもありますが、それに近い物があると思います。

 

巨大なスローガバナー、シャッター作動後にアンクルを開放する機構は搭載されておらず、ライカM型と同様にシャッター作動後にジーッという音とともにリセットされます。

 

もろもろを組み付けた状態です。

 

ミラーボックスです。ニコンF同様にレリーズ棒からミラーボックスへの連動に腕木が使われています。こちらの方がよほど精度は高く、調整は不要のようです。

 

キヤノンフレックスは高速時でもレリーズ時にシャラン!という独特な音がしますが、それはこのミラー緩衝ガバナーによるものです。

また ミラー作動時にはガバナーが作動して ショックを完全に防止する安定機構もキヤノン独特といえましょう

1961年カタログより

キヤノンフレックス登場時、寒冷地で使用するとミラーの作動が途中で停止する事故が多発したため評判が悪かったとありますが、この緩衝ガバナーの影響でしょうね。

 

底部はカム駆動ではなく、ギアが主体になっていました。

第2に構造上からも、巻き取り機構に沢山のギアを使い、巻き取リレバーに課せられた数々の任務を分担させているが力の配分とタイミングとが適当でないためか、巻き上げの手応えはかなリギゴチない

というニューフェイス診断室の批評のように、巻き上げ最後にシャッター幕連動歯車を切り離すためガクッというショックがあり、感触としてはあまりよくありません。

 

フィルム・カウンターは自動復元式で、シャッター・ボタンのうしろにあるが窓、が小さく、しかも文字盤が深い所にあるため光が入らず、せっかくルーペをはめ込んであってもはなはだ見にくい

 

ピント・グラス下面の中央には直径5ミリのスプリット・イメージ式距離計がついている。これは他機のものと違い、単に2個のプリズムを逆方向に置いたものではなくて、おのおののプリズムを1ミリに20本の割合で並んだきわめて小さな柱状プリズム群(エシュレット格子とよばれている)で置き換えたものである

 

このエシュレット格子ピントグラスは昭36-1079として特許も出願されており、キヤノンカメラ㈱が出願人となっているものの、発明者は坂柳 義己氏という東京教育大学の教授らしい。回析格子に関する研究をされていたようで、産学連携に近いなにかだったのかしら?

 

付属していたR 50mm F1.8のヘリコイドグリス交換です。

機構を部品単位に分解し一つ一つ洗浄していきます。

 

 

シャッタースピードの調整

さすがキヤノンのカメラだけあり、しっかりと安定した精度が出ます。

 

組み立て、調整を済ませて完成!

 

ズノーが能の精神を生かしたカメラとすれば、キヤノンフレックスはさしずめ歌舞伎の精神を盛り込んだものといえよう。黒ずくめでありながら、総体的にはなかなか派手である

一流メーカーの力作だけあって、器具、骨柄非凡の感じのするカメラであるが、細かい神経が行き渡っていない点は、何かの理由で発売を急いだためと見たのはヒガ目だろうか

という評価が最後ありましたが、部分部分での設計や加工は素晴らしいものの、全体的に統一性を欠いており、コンセプトが不明瞭という印象が拭えないカメラでしたね。

そういう中途半端にユーザーに媚びることもなく、技術者のやりたい放題をした、それについてくる生産技術があったというこの時代のキヤノンがたまらなく好きなんですよね。